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  • 執筆者の写真飯室淳史

追補版「二兎」を追わずに「二鳥」を得る

日経 xTECH Active 連載第34回目


文字数制限と大人の事情で原稿に載せなかった幻のエピローグに相当するお話しで、コレを読んでから日経の記事を読んでも、日経の記事を読んでからこちらを読んでも二倍楽しめると良いな、と願う。

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実は、随分と前には私はこう言っていた・・・


「二兎を追え!」

 これは「二兎を追う者は一兎をも得ず」からもじって、逆に二兎でも三兎でも追っかけて捕まえるくらいじゃないと今の世の中は生き残れないよ、と言う意味で使っていたんだが、日経の連載記事「時間泥棒シリーズ」を書いてから、ちょっとニュアンスが違うと思い始めた。


 と言うのは、やっぱり時間は有限で、高性能なCPUじゃないんだから、どんどんマルチタスクで複数の仕事を同時にパラレルでこなせるなんてことはなく(できると思っているならそれは錯覚か、大きな勘違い)、人間はシングルタスクなんだなぁ、と思い至った。


 もちろん、習慣化することで、脳に自動回路ができあがって、ほぼ無意識に素晴らしい仕事をやってのけることはいくらでもあるし、あなたでも私なんかでもそうなることは出来るのだ。今朝も、コーヒー飲みながら、ハムサンドにかぶりつき、朝ドラも観た。


 定型業務はRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)のように脳にプログラミング(習慣化)出来るので、意識しなくても勝手に作業をしてくれる。しかし、高度な判断が求められたり、非定型業務になってくると、CPUの使用比率が上がって、バックグランドのtaskとして処理をしてくれなくなる。


この脳の自動化プロセスに関しては、医療用のMRI装置(磁気共鳴画像診断のことで、CTのようなエックス線は使用せず,強い磁石と電磁波を使って体内の状態を断面像として描写することができる)まで使って、プロのサッカー選手であるネイマールの「華麗な足技の秘密」を解き明かすことで知られている。(この話はNHKスペシャル「ミラクルボディー」で放映) 論文※「超一流サッカー選手の脳活動の特殊性」内藤栄一(国立研究開発法人 情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター),594P, 計測と制御 第 56 巻 第 8 号 2017 年 8 月号


 ネイマールたち被験者に、MRI装置の中に横たわって、「迫ってくる選手を8回の違う方法で抜き去ってシュートする」ことを脳内でイメージしてもらい、その時の脳活動を解析すると、なんと驚くことに、他の人に比べてネイマールは脳のさまざまな部分を連携させながらプレーを考えているが、あの華麗な足さばきは極めて小さな脳の活動だけで運動を制御していたことが判明した。


 これは脳内でいくつもの運動プログラムを瞬時に切り替え、協調させることで、ほとんど運動を意識をせずに自動的に身体活動の制御と高度な戦略的な攻撃を判断することができる脳回路が形成されていることによるものだ。


 でも、これはネイマールが幼少期のころ、いわゆるゴールデンエイジと呼ばれる7~9歳にかけていつも家の中で裸足(触覚信号を直接感知できている)で遊んでおり、常にボールに触れていたことで、彼の脳の成長が活発な時期に、こうした豊富な足運動の経験を蓄積したことが脳の成長につながったのかもしれないと推測されている。


 しかもこれは華麗な足さばきとサッカーに限った話であり、ネイマールがサッカー以外に釣りもゴルフも料理もなんでも出来るという話ではなく、限られた定型業務を自動でこなせる、高度な判断を瞬時に行えると言うだけの話であり、我々はネイマールほど小さい頃から職場で必要な技能を磨き上げてきたわけではないし、定型業務などはほんのわずかしかない。


 そうなってくると、同時に二つ以上のことを、一つのことに集中するのと同じくらいに上手く、効率的に正確に、こなすことは難しい。また、個人の能力だけに限らず、組織として限られたリソース(人と時間とお金)を分散させることで、選択と集中するよりも成果は出しにくくなるのだ。だから、二兎、三兎を追うのは、言うほど簡単ではない。もちろん、湯水のように人も時間もお金があるというのなら、この話は読む必要はない。


「二兎を追え」は手段であってゴールではない

ただ、ここで勘違いしてはいけないのは、「二兎を追え!」は目的はなく、単なる目的を達成するための手段にしか過ぎないと言うことだ。何か目的とすることがあって、その達成のための手段として二兎を追うのに過ぎない。


たとえ二兎を捕まえたいとしても、どうやって捕まえるのかと言う手段は別の話で、いくつも考えられる捕まえる手段のうちの一つに『(同時に)二兎を追え』があるに過ぎない。どうやら、この「二兎を追え!」と言うメッセージは手段と目的が入れ替わってしまったようなのだ。


だから、戒めも込めて言わせてもらうならば 「二兎を追うな!」 なのだ。


じゃぁ、どうするの?

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